シンプレクサス工房・ギャラリー設立までの歩み

志田 寿人(●)代表とのインタビュー          インタビューアー:中村 織絵(●)学芸員
             ■ Part 3 組織形態・事業・施設

●: インタビューの最後は工房の団体としての性格をどのように考えているのか,
    また具体的な事業・施設・運営などをどのような構想で実行に移されているの
    かをお聞きしたいと思います.この工房は完全独立の私立施設ということです
    が,その事業目的全体の性格は明らかに非営利で,それならなぜNPOのよう
    な非営利法人組織にしないのかというところから説明をお願いします.
●:  ご存知のようにNPOには法人格でない任意団体NPOとNPO法人とがあります.
    我々の工房も,団体というには現状はかなりお粗末ですがこの任意団体NPO
    に入ると取ってもらって結構です.この団体の構成員の数,規模が活動や事業
    の社会的性格で決定的という風に受け取る方が多いのですが,必ずしもそうで
    はありません.社会正義の実現や人々の幸福のために身代をなげうった義人・
    英雄が多数いると言うだけではなく,全く個人の美意識や好奇心を満たすため
    の活動のように受け取られがちな芸術家や科学者の活動が,後に社会的に巨
    大な影響力を及ぼすこと等ありふれた事実ですよね.逆に国家組織を動員して
    のおおげさな大儀に基づく戦争が,実は個人的怨恨につき動かされた私闘の
    要素大という皮肉もトロイ戦争だけでは無いかもしれません.まあ,こういっ
    た不愉快な話題は置くとしても,最初のインタビューで触れたようにその目指
    す事業・使命の位置づけを明らかにする,そしてそれが意義あるものだとした
    ら個人レベルでも2,3の有志でもスタートするという方向が僕自身は好きで
    すね.
●: でも,ボランテア活動でよく見られるように,明らかに団体としては構成員の
    達成感以上のものをめざした事業なのに,参加している個人はいろいろで
    自己満足が得られればいいという場合もありますよね.やはりある程度の
    規模の団体でないと,こうした個人のゆれのようなものに影響されてしまう
    恐れはないんですか. 
●: いや,それは逆じゃあないかな.規模が大きくなると趣旨とはずれたところで
    いろいろな人が運動に参加してくるのは避けられないでしょう.組織として
    の停滞や崩壊を避けるため,安全装置の様なものも沢山つくらなくては
    いけなくなる.こうした規則というの独創性や創造性にとってはプラスには
    働かないのです.学問やアート以外の,大なり小なり権力的なものがから
    むような団体ではもちろんこんなのんびりした考えでは相手をたたきのめ
    したり打ち負かしたりできませんから,運営規則というものの比重は比較に
    はならないほど大きいはずです.      
●: ということは団体の規模はあまり大きくしない・・
●: まあ,正直言って現状では財政的な余裕がまったくありませんから,どこ
    に重点を置くかなどという贅沢な状況では無いのです.工房の役割として
    自分自身が空っぽでは誰も関心を寄せませんからまず新しい作品に挑戦
    したり探求したりする,これを最優先するという意味で団体としての規模に
    こだわらないことを強調したわけです.しかしアート 作品の製作はなんとか
    なるにしても,研究するには基本的な機器や薬品,情報が必要になるし,
    ギャラリー運営も含めて光熱水料金も冬季や盛夏には相当の額になります.
    会計,庶務,施設を担当する職員の人件費など夢の夢ですが,とにかく
    運営のための財政基盤や人的リソースが一切無いというのでは早晩運営
    が行詰ることは眼に見えています.運営を軌道に乗せるためにはどうしても
    利益を得ることのできる事業計画が必要不可欠ですが,一般にはこれが
    誤解されて流布しているところがある.NPOってお金と無縁の活動で,無料
    奉仕をするところに意味があるみたいな. 
●: 営利を目的としないということですよね.
: 確かに営利を目的にはしないのですが,収益活動なしには運営は自己啓発
    レベルで終わるおそれが有ります.むしろ収益活動をするしないというより
    は,会社との違いは活動によって得た余剰利益を社員や株主に配分しない,
    団体の運営に使うというのがNPOの特徴だと言っていいでしょう.NPOの財政
    基盤をどう確立するかは多くのNPOにとって死活問題と思うのですが,シンプ
    レクサスの場合は特に,こうした収益事業に作品製作や探求スタッフが沢山
    のエネルギーを割くわけには行かないことはもう説明する必要はないと思い
    ます.ではどうしたらいいのか.
●: 話を聴いているだけで憂鬱になってきました.いっそNPO法人にしたらもう少し
    見通しが出てくるのと違いますか..社会的信用が増して寄付を受けやすくなる
    とか.
●:  国や自治体,潤沢な資金を有する大企業などがこういった評価の定まって
    いないような団体に資金援助をするとは思えませんね.それに補助金をあて
    にしていたのでは何も始まりません.NPO法人にすることも選択肢としてもち
    ろん考えましたが,法人にしたら したでいろいろな義務が伴います.毎年,
    内部だけでなく外部に対しても事業報告や決算報告を年度方針との関連で
    まとめ,これを公開しなくてはいけません.また法人の財産についても,解散
    時の残余財産の処分も視野に入れためんどうな考慮が必要になります.
    何度も強調するようですが,運営基盤が極めて貧弱な現状でこういった事務
    仕事を増やすことは,工房の本来の仕事”アートと生命システムの探求”に
    とって何のメリットも無いと断言できます. 
 
●:  それは分かるのですが,ではどうしたらいいのでしょう.管理運営の仕事を
    出来るだけ小さくして,それで収益が得られるならという事ですよね.
●:  ちょっと前だったら,僕もこんな無謀なことは計画しなかった,というよりは
    計画出来なかったと思いますが今は努力次第で突破できる道が有ります.
    それはウェブという強力で超安価なコミュニケーション手段を使えるという
    ことです.早い話,このホームページを考えて見て下さい.ローカルな限界
    を全く考慮しないで,全国に向けて瞬時に自分達の主張,情報を発信でき
    ます.現在英語ページを準備中ですが,これが完了すれば全世界に向け
    ても双方向のコミュニケーションが可能になります.もしこれを通常の出版
    ベースで行おうとしたなら,予算規模は数百万円でも足らないでしょうし,
    また情報の浸透や広がり,早さも比較にならないほど不完全なものになる
    でしょう.もちろん自らの力量でウェブプロデュースの仕事を行うことが条件
    ですが,その事に関して工房には何らの障害も見当たりません.このウェブ
    という手段と工房の製作,創造能力を組み合わせれば,新しい販売経路を
    開発出来るはずです..
●: ネットショップを活用するということは分かりました.具体的にはどのような
   商品を扱うのですか.
●:  当面工房で製作するアート小品を準備する予定ですが,将来的にはアート
    だけでなく生命システムに関するわかりやすいビジュアルなDVD作品なども
    製作できたらと思っているのですが,スクリプトはともかく撮影機器も貧弱な
    段階では先のことになるかもしれません.これらの作品を公に発信すること
    は,単なる一般的収益事業を越えた意味を持つことになるので,小品でも
    手を抜かないで製作するつもりです.
●: 工房の特徴とかが作品に出るということだと思うのですが,そうなると一般受け
   するものでは無いので買う人がどうなるのかちょっと気になります.すごく有名
   な人の作品とかだったら,車と同じでリセールバリューが高いので小品程度
   だったら無理しても,と思うかもたらしれませんが.
●: まあ,そういう買い方をする人が多いのは事実だし,多くの人が損をしない買物
   ということで,作品の価値を投資対象として値踏みするのがアートの正しい買方
   のように思っていることも充分承知しています.でも同時代に新たに生み出され
   た作品を評価するのは自分なんですよね.それを好きだ,価値有ると思う自分の
   価値観を信じるということは,そういう自分が好きだ,価値有ると思うのと同じと
   思うのです.他人が決めるわけではない.だから惹かれるものが無いなら買わ
   なければ良い.嫌いならそばに置かなければすむことです.この先その作家の
   評価がどうなろうと,その作品と寄り添って生きるということは一種の喜びだと
   思います.作品を手近に置いて毎日それを目にするということは,本当はすごく
   怖いことかもしれない.別にこれはアート作品に限ったことでは無いのですが,
   何かと本気で係わることはそれと出会う前の自分とは違う自分になる,後戻り
   出来ない自分になるということで,表面を通り過ぎて行く買物とは同列に観れ
   ないと思うのです.ただ一般的に言うとアート作品の価格は意味不明ですよね.
   僕の作品の価格も,ニューヨーク・クリスティーズの評価では1991年段階で
   1$=¥110として号約3万2千円程度の評価がつぃています.価格を決める
   時にはこれを一応参考にはしていますが,これが何を意味するのかについては
   実は僕にも良く分からないのです.ましてや分厚い年鑑や名簿の類に載って
   いる作家ごとの号単価など,多くがサザビースやクリスティーズのオークション
   評価の洗礼すら受けているとは思えないし,勝手にしてくれという感じかな.
   こういう虚構のデータを片手に投資対象を漁る方は,僕のような完全に無名
   な作品など見向きもしないでしょうから,別世界のこととして受け取っていれば
   いいのかもしれません.少なくとも工房の販売活動は営利を目的とするビジネス
   ではありませんから,作品が好きだ,惹かれると思われる方は余裕に応じて
   購入によるエールを送っていただけたらと思います.   
●: 何か少し怒っているのとちがいますか(笑い).
●: アハハハ・・.そんなことは無いですよ.でも,少しは有るかな(爆笑).運営
   費の調達もままならないし,サポーターも思うように増えないのでいらいら
   してたりして.
●: 応援しますからがんばって下さい.
●: ありがとうございます.そういう言葉ってうれしいですね.サポーターの話が
   出たので少し説明させて下さい.思うように増えないと言いましたが,サポー
   ターの会費を当てにしているわけでは無いのです.ちょっと計算してもらうと
   分かるのですが,100人規模でないと運営費に影響するような額には成りま
   せん.サポーターの会,クラブ・シムですが,この会の会員は僕等にとって
   精神的な支えという意味と,企画の実際上のネットワークという意味があると
   思うのです.セミナーや企画展1つ行うにしても一般的に呼びかけたのでは
   雲をつかむような話で,クラブ・シムの意見を取り入れながら計画を実行に
   移すつもりです.楽しい会誌のようなものも発行したり,交流のオフ会,Xmas
   会や新年会とか持てたら素敵ですよね.早くそういう規模に会員が増えれば
   いいのですが. 
●: そういうことも考えていたなんて少し意外.ずっと硬い話で終りそうだったので
   ちょっぴり心配でした.楽しい話題に成ったところでそろそろ終りにしたいと
   思います.3回のインタビューで工房のことがなんとなく分かってきた方も
   多いのではないかと思っています.不慣れなインタビュアーでしたがいろいろ
   ありがとうございます.
●: こちらこそ難しい話題と格闘していただき感謝しております.ネットで関心を
   持たれた方は,今後もHPへの訪問をぜひともお願い致します.またご意見
   など遠慮なくメール頂けたらと思います.ありがとうございました.